ホンダ・フィットe:HEV RS(FF)
いい人でいいじゃないか 2023.01.13 試乗記 「ホンダ・フィット」に待望の「RS」が復活! ビッグネームの帰還にホンダ党は歓喜するだろうが、そもそも「心地よさ」を売りにしている現行型フィットだけに、いわゆるホットハッチのようなクルマとはちょっと違う。「e:HEV」モデルの仕上がりをリポートする。何が足りないのか
もっと売れてもいいはずなのに……というフィットの評価には、「いい人なんだけどねえ……」と同じ響きを感じる。ということは、言葉にならない点々の中に何かしらの不満と希望が伏せられているのだろう。
ご存じのように、現行型ホンダ・フィットは同時期にモデルチェンジしたライバルの「トヨタ・ヤリス」に思いのほか水を空けられている。2020年2月に発売された4代目の通称“柴犬”フィットの2020年の年間販売台数はおよそ9.8万台、それに対してヤリスは同じく15万台(ただしトヨタの場合「ヤリス クロス」なども合計されている)。翌2021年はフィット6万台に対してヤリス21万台とさらに差が開き、2022年上半期では3万台と8万台という具合に大きく引き離されている。
かつて初代フィットがデビュー翌年の2002年に、それまで33年間にわたって王座を守り続けていた「カローラ」を引きずり下ろし、年間販売台数ナンバーワンに輝いたことを知る人にとってはなおさら物足りないはずだ。さらにこのところは「日産ノート」にも、もっと言えば身内の「フリード」にもかなり差をつけられているから、何か手を打たなくてはならなかった。いまひとつ、売れ行きが芳しくない新型フィットへのテコ入れのための今回のマイナーチェンジと見ていいだろう。
RSの復活
マイナーチェンジの目玉は新たに追加されたRSグレードである。過去のフィットにはラインナップされていたものの、人懐こいスタイルや心地よさを重視したという4代目フィットは「ベーシック」に加え、「ホーム」に「リュクス」にSUV風味の「クロスター」、そして「ネス」という5種類の多彩なトリムラインが用意されていた代わりに、スポーティーモデルのRSは設定されていなかった。
ユーザーからの要望に応えたかたちなのだろうが、やはりフィットにはRSが必要と判断されて復活した。そのいっぽうで、新顔RSと入れ替わるように、ライムグリーンのアクセントカラーが新鮮だったネスはひっそりとカタログ落ちしている。新たな試みだったのに、変わり身の早さはホンダの得意技とはいえ、ちょっと諦めるのが早すぎるような気がする。
フィットはe:HEVと称するホンダ自慢のモーター駆動優先のハイブリッド仕様に加え、純エンジン仕様も設定され、さらに全車にFWD/4WDが用意されるという幅広いラインナップを誇るが、新しいRSはFWDモデルのみとなる(ガソリンモデルのRSは遅れてひっそりと追加された)。今回のマイナーチェンジではe:HEV用の1.5リッター4気筒アトキンソンサイクルエンジンもモーターもパワーアップされ、エンジンの最高出力は従来の72kWから78kW(106PS)へ、走行用モーターは80kWから+10kWの90kW(123PS)へ、さらに発電用モーターも70→78kW(106PS)に強化されている。
飛ばし屋向けではない
前後バンパーやサイドガーニッシュが精悍(せいかん)さを演出する専用デザインになっているものの(ついでに今回のマイナーチェンジで特徴的だったボンネット先端の突起がなだらかに変更された)、今回の新型RSは特別に熱い血潮が沸き立つパッキパキの走り屋仕様ではない。パワートレインのスペックは他のモデルと同一、変速機ももちろんCVTである。
いっぽうダッシュボードにエコ/ノーマル/スポーツを切り替えるドライブモードスイッチが新設され(ただしいかにも空いていた場所に後付けした感じで使いにくい)、ステアリングホイールに回生ブレーキのレベルを切り替える減速セレクター(4段階)が備わったのが特徴だ。全開加速時には新旧の差を正直感じられなかったが(しかも高回転域ではやはりエンジン音が耳につく)、軽く踏み込んで加速するような実用域では余裕が生まれたようで、より軽快にスピードに乗りキビキビと走る。
専用の足まわりを備えるというRSだが、スポーティーというよりしっかり上質になった印象で、不整を越えた時のブルルンという揺れ残りが他のモデルよりも明らかに小さく、建て付けがしっかりしている感じが頼もしく好印象だ。ボディーやサスペンションにRS専用の補強を加えているわけではないというが、ちょうどいい感じに引き締まっており、結果的に上質感が高まった。セッティングでこれだけの違いが生まれるのなら、しかも決して硬いとかスパルタンというものではないから、この足まわりを全車共通にしてもいいのではないかと思ったほどだ。試乗会でも詳しくは教えてもらえなかったが、フロントスタビライザー径やダンパーなどのコンポーネントが他モデルとは違うという。
伝統はしがらみでもある
4代目フィットのRSは昔ながらのホットハッチ志向ではないことは明らかだ。インテリアトリムにしても、黒地に赤という従来のホンダだったら当たり前の組み合わせではなく、グレー地トリムに黄色のステッチが入り、スポーティーというよりはシックな雰囲気だ(開発中は熱い議論があったという)。簡潔でルーミーなダッシュボードまわりや使いやすいスイッチ類などの美点はこれまでどおりである。そこまでこだわったのなら、いっそのこと「RS」というネーミングではなく、新しい名前を考えてもよかったのではないだろうか。
もちろん実績があり、分かりやすい名称を使うメリットはあるのだろうが、RSと称して「タイプR」と同じライン上にあると主張するのは何だかちょっと“無理してる”感じだ。いかつい顔つきのクルマばかりの世の中だからこそ、われこそはスポーティー! と気張らずに、穏やかで実用的で上質というキャラクターをもっと突き詰めてもいいのではないか、と思う。乗れば一番好印象なのはRSだが、モデルとしての統一感という点では、まだ少し昨今のホンダの迷いがにじみ出ているように見える。
(文=高平高輝/写真=郡大二郎/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
ホンダ・フィットe:HEV RS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4080×1695×1540mm
ホイールベース:2530mm
車重:1210kg
駆動方式:FF
エンジン:1.5リッター直4 DOHC 16バルブ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:CVT
エンジン最高出力:106PS(78kW)/6000-6400rpm
エンジン最大トルク:127N・m(13.0kgf・m)/4500-5000rpm
モーター最高出力:123PS(90kW)/3500-8000rpm
モーター最大トルク:253N・m(25.8kgf・m)/0-3000rpm
タイヤ:(前)185/55R16 83V/(後)185/55R16 83V(ヨコハマ・ブルーアースGT AE51)
燃費:27.2km/リッター(WLTCモード)
価格:234万6300円/テスト車=263万8900円
オプション装備:ボディーカラー<スレートグレーパール>(3万3000円)/Honda CONNECTディスプレイ+ETC2.0車載器(19万8000円) ※以下、販売店オプション フロアカーペットマット<プレミアムタイプ>(2万8600円)/ドライブレコーダー<DRH-224SDフロント用>(3万3000円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:2118km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:416.1km
使用燃料:24.6リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:16.9km/リッター(満タン法)/17.9km/リッター(車載燃費計計測値)

高平 高輝
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