三菱デリカD:5 P(4WD/8AT)
常連さん いらっしゃい 2019.05.20 試乗記 大きく変わったフロントマスクが話題の「三菱デリカD:5」だが、パワートレインをはじめとした中身の洗練ぶりもかなりのものだ。「デリカじゃなきゃダメ」というこだわりのユーザーを生み出す、孤高のミニバンの進化のほどを探った。タイムリミットは2018年2月24日
新しいD:5のデザインが2018年11月の予約注文の受付開始とともに公開されるやいなや、“プレデター顔”だの“電気シェーバーかよ!?”だのと好事家の間で賛否両論、議論沸騰したのは記憶に新しい。そのデザインを皆さんがどうお思いかはともかく、デリカD:5がこの時期にフロントデザインを大改変する大規模マイナーチェンジをしなければならなかったのには、それなりの理由がある。
直接的なキッカケは2013年4月に施行された歩行者保護性能基準の改正である。新しい基準のポイントは大きく“歩行者頭部保護基準の強化”と“歩行者脚部保護基準の新導入”の2つ。新型車については2013年4月1日から2015年2月24日にかけて車両総重量や乗車定員に応じて順次、法規対応が義務づけられて、継続生産車も同じく2018年2月24日と2019年8月24日にそれぞれ義務づけられることになったのだ。
先日発表された「パジェロ」の国内販売終了の直接的な理由も、同基準によって今のままでは2019年8月24日以降の国内向け生産ができなくなるからだ。正確には、そこまで生産できるのは“車両総重量2.5t超の乗用自動車”に属する「ロング」モデルのみで“車両総重量2.5t以下の乗用自動車”は2018年2月24日までの適合義務があったから、同じパジェロでも「ショート」モデル(の国内向け)はすでに生産が終了している。
で、デリカD:5(のディーゼル)も従来型のままで生産できるのはパジェロショートと同じ2018年2月までだった。その後、バンパーを一部改良して同年4月に再販売したものの、これを機に抜本的な安全対策を施しつつ、あらためてテコ入れをしよう……というのが、今回の大規模マイナーチェンジのココロである。
販売面での優等生
もっとも、デリカD:5そのものの発売は12年前にまでさかのぼるから、ここ数年は、いつフルモデルチェンジをしても不思議ではない状態ではあった。実際、2012年末のディーゼル搭載以降は、担当チームもフルチェンジを念頭に置いた研究開発に着手していたようだが、それはなかなか実現しなかった。その間にデリカD:5は国内専用商品になった(デビュー当初は豪州や東南アジアの一部に輸出していた)が、それでも生産終了とならなかったのは、その販売がいまだに手堅いからだ。
デリカD:5の販売は初年度の年間2.5万台強がピークだが、それ以降も2017年にいたるまで年間1万台を下回ったことはない。いまどき国内市場で年間1万台以上≒月間1000台を安定してさばけるクルマはそう多くない。しかも、デリカD:5は決して安いクルマではないから、利益面でも三菱の国内戦略では屈指の優等生である。
そんなこんなで、デリカD:5は今回の歩行者保護対応を大規模マイナーチェンジでしのぐこととして、同時に商品力向上策も可能なかぎり入れ込むことになったわけだ。
ちなみに、ガソリンモデルは2018年4月の一部改良モデルのまま継続販売されているが、以前から販売全体の約9割がディーゼル。とにもかくにもディーゼルをなんとかするのが、今回の主眼だったという。
今回は基本パッケージレイアウトを変えずに歩行者保護性能を上げた。良くも悪くもインパクトが大きい新フェイスデザインは、必然的にオーバーハングとボンネット高が増した車体形状と、最近の三菱車お約束の“X”字顔を融合したものだが、少なくとも技術的には簡単ではなかったという。
もっとも困難だったのは縦型形状のLEDヘッドランプ。新しいデリカD:5のヘッドランプは樹脂製バンパーグリルに内蔵されているのだが、これだけ巨大でしかも縦長のLED照明(は単体重量もけっこう重い)を、対向車を幻惑しないように確実に固定しつつ、同時に部品も高価なので軽微な衝突程度では壊れない強度をもたせる……これを両立するのは一筋縄ではいかなかったとか。このフロント構造はデザインの好き嫌いをひとまず横に置いても、その道のプロから見ると“よくやったな”的な力作らしい。
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中身も大幅に進化
世間的には衝撃のエクステリアデザインばかりが注目されるデリカD:5だが、新しさ加減はインテリアのほうが大きい。なにせ、ダッシュボードが丸ごと刷新されているからだ。
これまで絶壁ハード樹脂の古典的オフローダー風だった運転席からのダッシュボードのながめは、前傾したサルーン風になり、手触りのいいソフトパッドやウッド調パネル、意外に繊細なメッキインサートがふんだんにあしらわれるようになった。さらに「純正ナビの画面サイズが小さくて、アフターマーケット品にお客が奪われた」との反省から、今度はクラリオン製の最新型を販売店オプションで用意。10.1インチという後付け可能タイプとしては最大級の画面サイズは、なるほど笑っちゃうほどデカい。
笑っちゃう……といえば、思わず笑みがこぼれるほどディーゼル感丸出しだったパワートレインは明らかに静かになった。まあ、最新のマツダ車や欧州の最新高級車と比較すれば、それでもディーゼル感がかなり明確なタイプではあるが、新旧のデリカD:5ディーゼルを乗り比べれば、だれもが即座に気づくくらい雲泥の差で静粛性が増している。
そのパワートレイン関連でもっとも明確な変更点は、変速機が新たにアイシン・エィ・ダブリュ製8段AT(従来の6段ATはジヤトコ製)になったことだ。新ATはトップギアの回転数を従来より明確に下げて、シフトショックが小さく繊細で健気(けなげ)な変速はいかにもアイシンっぽい。マニュアルモードも従来になかった機能だが、シフトパドルを使わずとも、右足だけで細かな速度調整がやりやすいのが好感である。
ただ、担当技術者によると、新ATは燃費などの向上には多大な影響があるものの、静粛性への寄与率はさほど高くないという。
急転直下の尿素SCR採用
エンジンも基本型式こそ変わっていないが、ほぼ別物といっていいくらいに手が入っている。ブロックはシリンダー部分を仕上げるホーニング時にダミーヘッドを取り付けてより高精度に加工する手法を取り入れたほか、クランクシャフト、ピストン、コンロッドはすべて新設計。これらは軽量化とフリクション低減が主目的というから振動・騒音にも効果的だ。
排ガス浄化システムも従来のNOx(吸蔵還元)触媒から、アドブルーを補給する尿素SCRへと変更になった。聞けば今回の開発もNOx触媒のまま完成寸前までこぎつけたところで、独フォルクスワーゲンのディーゼルゲートが発生。やむなく途中からの路線変更……と説明してくれた担当者はくやしそうだったが、外圧(?)によって尿素SCRに踏み切れたことで、必要な性能をより無理なく引き出せている側面もあるはず。意地を張って尿素SCRを拒否するのは、個人的にはもはやデメリットのほうが大きいと思うこともある。
で、今回の印象的な静粛性アップの主役は車体各部にこれでもかと詰め込まれたり塗布されたりした遮音・吸音材と、エンジンマウントの刷新だそうだ。とくに後者は従来の単純な十字型4点支持式から、振動吸収に有利なペンデュラム式に一新された。
最低地上高が従来の210mmから185mmになったのは、この新エンジンマウントの影響である。ただ、エンジンルーム下の樹脂アンダーカバーの見た目の高さは変わっていない。従来はアンダーカバー裏に空間があってカバー自体が変形できたので、その分も加えた地上高表記となっていたが、新しいデリカD:5ではフレーム構造が変わったことでアンダーカバーががっちり固定されるようになったのだ。ただ、「アンダーカバーの下の実質的な最低地上高をはじめ、悪路走破性能はまったく落としていない」というのが、三菱の主張である。
2WDモードなんてただの飾りだ!?
今回はシャシー関連の手直しも徹底している。サスペンションも基本部分こそ変わらないものの、フロントストラットは傾斜角を見直して作動フリクションを低減、リアダンパーも大径化されたうえでチューニングが見直された。さらにパワステも油圧式から「エクリプス クロス」や「アウトランダー」、「RVR」と同様の電動式になったが、高出力化できるデュアルピニオン式は今回が三菱初。なるほど、軽いのにリニアなフィーリングは悪くない。
パワステだけでなく、デリカD:5は各部シャシー改良の恩恵もけっこう如実に体感できる。目地段差のいなし方などはうまいもので、一定速の高速クルージングにおけるストローク感たっぷりの豊潤な乗り心地は美味。クルマ全体の動きはあくまでゆったりゆっくりなのにステアリング自体が正確なのは、フロントセクションの剛性アップやパワステの改良に加えて、大径ダンパーで追従性が上がったリアサスが安定しているのも大きい。
もっとも、そこいらのSUVより明らかにノッポな体形に大きめ地上高なので、高速コーナーや山道での運転では「そういうもの」という意識はやはり必要で、昨今のスポーツカーみたいなSUVと同じようには走らない。それでも、ロールやピッチングの動きはあくまで抑制が利いており、過酷なコーナーにオーバースピード気味に突っ込んだところで(アンダーステアには見舞われても)恐怖を感じる姿勢におちいらせない調律は見事である。
カーブが多いコースを走るなら、ドライ路面でも4WDモードにしておくと、限界のはるか手前から明らかに安心感が高まるのはぜひ覚えておきたい。
デリカD:5にかぎらず、最新の電子制御オンデマンド4WDを搭載した国産SUVにいまだ2WDモードを用意するものが少なくないのは、日本には昔のパートタイム時代のイメージを引きずるユーザーが多く、彼らがほしがるからだ。
無理にでも2WDに固定しておけば燃費が少しばかり向上するかもしれないが、現実にはごくわずかなレベルだろう。それでもわざわざ2WDで走るのは操縦安定性の面でデメリットしかない。電子制御オンデマンド4WDは駆動効率もすべて含めて、あらゆる場面で最適な駆動配分をするのが最終目標であり、「2WDモードなんてただの飾り、本当はつけたくない」が技術者の本音である。
そこかしこに見える古めかしさ
……と、走りの面では見違えるほど変わったデリカD:5だが、考えてみればマイナーチェンジといいつつも、エンジンルーム周辺の骨格やそこに積まれるエンジンと変速機、そしてパワステ……と、実質的にはフロントセクションがほとんど一新されている。エンジン横置きのFF(ベースのクルマ)にとってフロントセクションこそがすべての基本。その後方のキャビン形状が変わらないから、われわれシロート目には「鼻先をちょちょいとイジッただけ?」にしか見えないが、実際には上屋を変えただけの下手なフルモデルチェンジより、よほど手間がかかっているともいえる。
まあ、サードシートが成人男性でも収納に難儀するゴツさだったり、できるかぎりの新技術を入れつつも車線維持機能が警告だけで、現代ニッポンで喫緊の課題である誤発進抑制装置がつかない先進安全機能だったりという点は少し気になる。こういうポイントこそフルモデルチェンジが必要な部分なのでしかたのないところだ。
いっぽうで、古典的な設計だからこそサードシートもいまどきめずらしいほどゴツくて分厚くて座り心地がいいのも事実だし、先進安全性については欲をいいだしたらキリがない……と勝手に擁護したくなるのは、デリカD:5がいまだに唯一無二の存在であり、今回の改良がデザインの好き嫌いはともかく、その内容はすべてが生真面目で効果的なものだからだ。クルマ好き、運転好き、道具っぽいクルマ好きなら、デリカD:5はどうにも憎めない存在だ。
大人7~8人がこれほど健康的かつ快適に座れて、ダートや林道をガシガシ走れるクルマなんて世界を見渡してもほかにない。シャシーも全面的に見直しながらも、舗装路での機動性にこだわりすぎず、日常の乗り心地や安心感を優先した寸止めな調律もさすがの見識である。
デリカD:5が静かに、しかし確実に売れ続けているのは、このクルマじゃないと生活や趣味がままならない“デリカな人”が昔から一定数存在しているからだ。そういう支持者がいるクルマは強い。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
三菱デリカD:5 P
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4800×1795×1875mm
ホイールベース:2850mm
車重:1960kg
駆動方式:4WD
エンジン:2.3リッター直4 DOHC 16バルブ ディーゼル ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:145ps(107kW)/3500rpm
最大トルク:380Nm(38.7kgm)/2000rpm
タイヤ:(前)225/55R18 98H M+S/(後)225/55R18 98H M+S(ヨコハマ・ジオランダーSUV G055E)
燃費:13.6km/リッター(JC08モード)/12.6km/リッター(WLTCモード)
価格:421万6320円/テスト車=479万4961円
オプション装備:ボディーカラー<エメラルドブラックパール×アイガーグレーメタリック>(4万3200円)/DELICA D:5 オリジナルナビ取り付けパッケージII<ステアリングオーディオリモコンスイッチ、ステアリングハンズフリー/ボイスコマンドスイッチ、ステアリングカメラスイッチ>(1万8360円) ※以下、販売店オプション DELICA D:5 オリジナル10.1型ナビゲーション(27万1728円)/マルチアラウンドモニター接続ケーブル(3240円)/フロアマット<吸・遮音機能付き>(9万7178円)/リモコンエンジンスターター<ウエルカム電動スライドドア機能付き>(7万0524円)/ETC2.0(3万6482円)/ドライブレコーダー(3万7929円)
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:4165km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(7)/高速道路(2)/山岳路(1)
テスト距離:517.5km
使用燃料:45.2リッター(軽油)
参考燃費:11.4km/リッター(満タン法)/12.5km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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