第30回:BMWよ、どこへ行く?(後編) ―巨大化するキドニーグリルの野望―
2024.06.26 カーデザイン曼荼羅クルマ好きの間で大いに話題となっている、昨今のBMWデザイン。キドニーグリルの巨大化は正義か? 世界のファンは、このオラオラしたフロントマスクを受け入れているのか? 元カーデザイナーの識者とともに、変化を続けるBMWの今を考える。
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もう少しシンプルな顔でもいいのでは?
webCGほった(以下、ほった):前回はBMWの「Z4」やらセダン系のモデルやらのデザインについて議論しましたが、今はもう、こういうクルマが主流の時代じゃないですよね。世は大SUV時代です。
清水草一(以下、清水):それはもう。でもBMWのSUVって、そんなにカッコいいのはないんじゃない?
渕野健太郎(以下、渕野):そうですね。例えばこれはクーペSUVの「X4」ですが、プロポーションは全然悪くないんですけど、ディテールが落ち着かないですよね。フロントバンパー、リアバンパーの黒い部分と、ボディー色の部分の関係とか。前後のグラフィックはバリエーションによって違うのが通例ですが(BMWでは「エクセレンス」と「Mスポーツ」など)、すごく凝ったグラフィックが、プロポーション全体の流れから見ると、少しうるさく感じられてしまうんですよ。
ほった:くどいんですね。
渕野:くどいっていうと主観的になりすぎますけど、ボディー色と黒のバランスの主従関係をしっかり見せたほうがいい。これは「X2」ですけど。プロポーションはともかく、やっぱり顔まわりのグラフィックがいちいち目につくような感じがします。
清水:でも、僕はX2は好きなんですよ~。
渕野:そ、そうなんですか(笑)。X2は、先代はよかったですけど……。
ほった:あれですよね、2BOXのようなフォルムの。
渕野:そうそう。あれはカッコよかったんですけど、新型は……。
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どこか崩れているような、ちょっとズレているような
清水:新型X2は、リアにいくに従ってフォルムが崩れて見えるけど、顔とお尻のディテールで、それがごまかせてる気がするんです。ゲテモノ的にうまく仕上がってるというか。特にリアのエアアウトレットは、「オリャー! ジェット噴射!」って感じで、童心に返れる。
ほった:いわゆるガンダム系ですね。
渕野:そこはあれですか、フェラーリあたりとは見る目が違うっていうことですよね? フェラーリでそれはダメだけど、BMWだったらそういうのもいいっていう。
清水:いえ、ブランドで区別してるわけじゃないです。すべてがオーセンティックにまとまってるのもいいし、ガンダムっぽくまとまってるのもいい。どっちにも心引かれます。X2と「XM」は、少年の心をくすぐるんですよ。
ほった:また出た、XM(前回はこちら)。
清水:今のBMWのなかでは、ガンダム系のX2とXM、あとは「2シリーズ クーペ」のデザインが響くなぁ。2のクーペは、昔ながらの3ボックスのBMWスタイルで、バランスよくまとまってると思うんですよね。でもほかのモデルは全部、どこかバランスが崩れてるように見えるんですよ。前回、渕野さんがおっしゃったように、ヘッドライトとキドニーグリルの関係をはじめとして、必ずなにかが少し狂ってる。
渕野:うーん。そういうバランスの崩れや狂いについては、やっぱり今のZ4から始まっている気がするんですよ。
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クリス・バングルはやっぱりスゴかった
渕野:BMWのデザインって、もとはとてもコンサバティブだったんですよね。自分が自動車デザインの仕事をし始めたのが2002年なんですけど、ちょうどクリス・バングル デザインのBMWが世に出始めた頃でした。それまでのBMWって、プロポーションはすごくいいんだけど、表現は保守的だった。それをクリス・バングルが大胆にしたんです。
ほった:ありゃ衝撃でしたねぇ。
渕野:皆さんが一番その衝撃を感じたのは、2003年登場の「6シリーズ」じゃないですか。
清水:6シリーズはリアピラーからテールにかけてのサイドに違和感がありましたね。「7シリーズ」や「5シリーズ」のヘッドライトもすごくヘンに見えた。うわ、BMWがこんななっちゃったって。
渕野:確かに奇抜に感じましたよね。
清水:いま見ると全然控えめなんですけど。
渕野:デザイナーの見方からすると、クリス・バングルの作品は、「Xクーペ」とか初代「1シリーズ」のコンセプトとか、「ジーナ」とかのインパクトが強かったんです。ジーナのボディーは、細い針金の梁(はり)を膜で覆ったもので、それをモチーフにした表現技法がほかのクルマにも広く使われていました。ここらへんで、BMWのカーデザインが変わったんですよ(写真を見せつつ)。
ほった:ジーナ、すごいですね。
清水:こんなのあったんだ……。
端正なフォルムと挑戦的な表現が魅力……だったのに
渕野:個人的な見解ですけど、2000年以前は、デザイナーがスケッチを描くときに使うツールは、ペンとマーカーとパステルで……つまり手描きでやってたんです。ところが、私が社会人になった2000年代前半以降、ペンタブレットの普及で本格的にフォトショップでスケッチをするようになった。スケッチのツールが変わった結果、こういうデザインが出てきたんじゃないかと思うんです。
シャープなキャラクターラインに対して、大きなネガのRの表情を組み合わせるんです。フォトショップではそれが描きやすいんですよ。具体的にはこうです(フォトショップで実演)。
一同:おおー。
渕野:さっきの表情が出ますよね。これによってシャープな部分と、その下のふわっとした面の組み合わせができるようになった。クリス・バングルがそれを見抜いて、カーデザインに取り入れた結果が、先ほどのショーカー群なんじゃないかという推測です。
ほった:革命だったんですね。
渕野:それまではこういう表現はなかったし、クリス・バングル時代のBMWデザインは画期的でした。新しい表現手法に取り組んでいたわけです。
清水:うーん、自分はヘッドライトのグラフィックばっかり見てました。
渕野:そんなわけで、BMWはもともとプロポーションはよかったわけですけど、クリス・バングルの時代からこういう新しいデザイン表現も加えられて、すごく魅力的になったんです。だから自分にとっては、ベンチマークであり目標だったわけですよ。
こうしたデザインの流れは、今のZ4が出るまでは感じられたんだけど……やっぱり、あのクルマからちょっと崩れた気がします。崩れたというか、いろいろコテコテと煩雑なディテールを入れるようになったんですよ。その理由は前回触れたとおりですが。
清水:なるほどです。
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縦長 VS. 横長
清水:ただ一般人からすると、昨今のBMWデザインの最大のポイントは、キドニーグリルの巨大化でしょう。それについてはどうですか?
渕野:「4シリーズ」なんか、もうナンバープレートがグリルのなかに入っちゃいましたよね。あれ、やっぱり皆さんダメですか?(全員笑)
清水:守旧派カーマニアはみんな「うげぇ!」でしたけど、私は縦長キドニーはアリじゃないかと思ってるんですよ。ただ4シリーズは、ヘッドライトやサイドの造形の小細工感がダメ。
ほった:某トヨタ車の稲妻グリルと一緒で、ワタシはまったく受け付けません。バンパーもヘッドランプも横基調の顔のなかで、あそこだけタテじゃないですか。「なんでそこにオマエがいるの?」っていう違和感が、どうしても拭えない。サイドビューというか、プロポーションはすごく好きなクルマなんですけどね。
渕野:なるほど。自分の見解としては、BMWはそのプロポーションをよりよくしようとして、キドニーグリルを縦長にしたんじゃないかなと思います。もとはナンバープレートの上だけでキドニーグリルを形成していたので、フード前端の高さを抑えようにも制限があった。そこで現行の4シリーズでは、キドニーを下まで伸ばすことで、そこの自由度を出したんじゃないかな。今の4シリーズのシルエットでキドニーグリルを従来の形にすると、相当に薄く、ちっちゃくなります。シルエットを大事にした結果、グリルを縦にしようというロジックが生まれたのかもしれない。
清水:なるほどー。渕野さんは、7シリーズの巨大キドニーも「EV化で全高が上がった結果だろう」って言ってましたけど(参照)、どちらも全体のフォルムがあっての変更だったってことですね。とにかく僕は、縦長グリルは悪くないと思う。横長より。
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それでも売れているんだから
渕野:やっぱ高級車って、どうしてもグリルの存在感が求められるんです。キドニーグリルは、今すごく難しいことにチャレンジしてるんだろうなと思います。
清水:僕は、BMWのキドニーグリル巨大化は、着実に成功しつつあると思うんですよ。でかいキドニーには麻薬的な魅力がある。一度でかいのを知ったらもとに戻れないでしょう。威圧感がどんどん増していくわけですから。XMなんてデイライトで光るわけですから!
ほった:いやいやいやいや、わたしゃ編集部から「7シリーズに乗って帰ってくれ」って言われたときは、マジで家から遠いところの駐車場に止めたいって思いましたよ。「ほったさん、あのクルマ乗ってるの?」なんてご近所に思われたくないから!
清水:逆に見直されると思うけどねえ。「すごい人だったのね!」って(笑)。一般ユーザーは、巨大キドニーに対する拒絶感ゼロだよ。
ほった:でもBMWの新しいコンセプトモデルの顔はコレですよ?(写真参照) 奇抜さにうつつを抜かしてた今までのおのれを、「こりゃマズい!」と反省したんですよ。
渕野;というか、うーん……。(いろいろなBMW車の写真を眺めつつ)あらためて思うのは、今のBMWって、デザインの軸みたいなのがないんじゃないかな? メルセデス・ベンツのデザインはすごく統制がとれてて、怖いぐらいですけど(参照)。
清水:ああ~。これはナイ感じですね。いろいろと散らかってる。でも、ちゃんと売れてるんですよね?
ほった:グローバル販売だと、2023年は前年比6.5%アップだったそうです。絶好調ですね。
渕野:すごいですね、BMW。
ほった:255万台も売れてるのか……。マツダの2倍ですよ。
渕野:つまりBMWのデザインも、トヨタみたいに消費者の好みを的確に反映しているっていうことかもしれません。いろいろ言ってしまいましたが、商売という観点から見たら、今のBMWのカーデザインは、それはそれで正解だと思います。
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=BMW/編集=堀田剛資)
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渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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