第809回:あの日本ブランド、変わり果てた姿で発見される
2023.05.25 マッキナ あらモーダ!コダックの電球
近年、イタリアで複雑な心境になる場所がある。どこかというと、ディスカウント系スーパーマーケットやホームセンターである。かつての伝説的なブランドの商品が、特売品コーナーに陳列されているのだ。
例えばコダックである。冒頭から個人的述懐で恐縮だが、筆者にとって人生におけるコダックとの出会いは1980年代初頭、中学生時代であった。親から借りていた「キヤノン・キヤノネット」のスプロケットの具合が悪く、かなりの頻度で撮影に失敗した。本当はジウジアーロがデザインした「ニコンEM」が欲しかったのだが、高価で「買ってくれ」とは言いづらかった。そこで、代わりに買ってもらったのがコダックのポケットカメラだった。スペック的にはEMとは天地の差があるうえ、固定焦点だったが、コストパフォーマンスは極めて高かった。
社会人になって出版社に勤めてから、ポジティブフィルムで撮影するようになると、もっぱらコダック製を使った。今考えると実に浅はかではあるが、それによって“プロの編集者になった感”を味わったものである。
いっぽうで【写真A】は2021年にシエナのディスカウントスーパーで見つけたものだ。コダックのLED電球である。
背景を調べてみると、米国イーストマン・コダック社は、デジタルカメラ普及の波に抗しきれず2013年に破産。それを機会に、写真・映画用フィルム以外の写真機や乾電池、メモリといった製品は、外部企業へのライセンス供与に切り替えた。
欧州では、英国ハンプシャー州のストランド・ヨーロッパという企業が2006年にライセンスを取得して、まずは乾電池の供給を開始した。その販売実績をコダックから評価されたことにより、世界全域におけるコダックブランドのLED電球やイヤホンなどの製造・販売権を取得することに成功した。コダックのウェブサイトを見ると、コダックブランドのシェーバー(電気式ではなくT字の手動式)まであって、ブレードにはスウェーデン鋼が用いられているという。筆者自身は目にしたことはないが、一度使ってみたいものである。それにしても、コダックブランドとの再会がディスカウントスーパーの電球とは、なんとも奇妙な気持ちだった。
拡大 |
ダイムラー・ベンツも絡んでいたテレフンケン
次はテレフンケンだ。同社創業のきっかけは19世紀末、イタリア人のマルコーニが英国で成功した無線電信の実験だった。それに対抗するため、旧ドイツ帝国のシーメンス&ハルスケとAEGの出資により、1903年にベルリンで設立されたのがテレフンケンだった。社名は遠隔を示す接頭語「Tele」と無線を意味する「Funk」による造語である。その後1941年に、電機メーカーであるAEGの完全子会社となり、第2次世界大戦の戦中戦後を通じてラジオやテレビなどのコンシューマー製品を数多く製造した。1967年にはAEGに吸収され、AEGテレフンケンエレクトリチテーツとなる。
ところが1972年、家電部門がフランスのトムソン社に売却されたのを機会に、テレフンケンの名前はいったん消滅する。後年にそれが復活したのは、なんと旧ダイムラー・ベンツ系企業がきっかけだった。
背景を説明すると、1985年に、経営多角化を推し進めていた当時のダイムラー・ベンツがAEG株の過半数を買収して筆頭株主となった。その流れで、テレフンケンの商標権を管理するテレフンケン・ライセンシーズ社(以下TL)が誕生する。その後AEGとダイムラー・ベンツの関係は希薄になってゆくが、TLは常に後者側に残る。そして2006年に、TLは欧州エリアにおける商標権をトルコの家電メーカーに供与。さらに後年、ダイムラーはドイツの投資ファンドにTLを売却して現在に至っている。
テレフンケンのテレビは、2010年代に入ってからイタリアでも見かけるようになった。ディスカウントストアでの販売が多かったのは、既存の家電流通網に乗せるのが難しかったからであろう。
かくいう筆者も2016年にディスカウントスーパーでテレフンケンブランドのテレビを購入した。32型で199ユーロ、当時の換算レートで約2万5000円だった。記録写真を見ると、確かにトルコ製で、TLのライセンス商品であることが記されている。往年の輝かしいブランドに出会えたうれしさと同時に、デザイン的に他社製品との差異があまりに希薄なことに失望の念を抱いたものだ。
マニア垂ぜんのオーディオブランドも
近年は、東京生活時代に慣れ親しんでいた日本ブランドの商品も目玉品や特売品として売られている姿を目にする。
テレビでは東芝とシャープが、たびたびそうしたかたちで売られている。
東芝の欧州におけるテレビの商標ライセンスは、2016年からトルコのゾルル財閥傘下にある家電メーカー、ヴェステルに供与されている。
シャープは経営不振にあえいでいた2014年に、欧州テレビ事業のライセンスを、スロバキアを本拠としていたUMC社(のちにスカイテックUMC)に供与すると決定した。ちなみに白物家電のライセンスは、前述のヴェステルに供与している。その後2016年にシャープが台湾の鴻海傘下になったことに伴い、2020年に欧州のテレビ事業を再強化すべくスカイテックUMCの全株式を取得。現在に至っている。
実は筆者は前述のテレフンケン製テレビの後継機として、シャープ製スマートテレビを購入した。2019年秋のことだった。スピーカーはBang & Olufsenで、音質は下手なサウンドバーよりよかった。
だが致命的な問題があった。スマートテレビ機能として実装されていたのは「Android TV」といったメジャー系ではなく、マイナーなものだった。それが頻繁にフリーズを起こした。とても落ち着いて動画鑑賞できるレベルには達しなかった。
欧州のサービス受け付けサイトで型番を検索しても、なぜか該当するモデルがない。わらにもすがる思いでたどり着いたサービス拠点も、わが家から30km以上離れた町で、結局解決には至らなかった。対応地域外ということで、日本のサービス窓口もまったく助けにならなかった。
当時のシャープの商品はスカイテックUMC時代の末期、鴻海が買い戻す直前という過渡期だったから、このようなレベルと対応だったのだろう。思い出すのは、かつて2000年代初め、某日本ブランドのテレビを購入したときのことだ。日本のサービスセンターに問い合わせると、欧州は担当地域外であったにもかかわらず、モチベーションにあふれたスタッフが熱心にメールで問題の解決方法を教えてくれた。あのころが懐かしい。
最近のイタリアでよく見かけるのは、「AKAI(アカイ)」だ。といっても、かつてのようなオーディオではない。
洗濯機や冷蔵庫、電子レンジといった白物家電にその名前がつけられているのである。旧赤井電気は1990年代に香港資本となったあと、2000年に経営破たん。今日その商標は香港の投資会社グランデ・ホールディングスが保有し、メーカーに供与している。こちらも目撃するのは、家電量販店よりもディスカウント店やホームセンターのほうが多い。「チューナーならトリオ、アンプはサンスイ、テープデッキならAKAI」といわれていたオーディオブーム時代は、遠い過去の話だ。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
日本車も油断すべからず
日本の家電ブランドが、今日どのようなかたちで姿をとどめているかについて報告した。1990年代中盤にイタリアに住み始めたときのこと。1960~1980年代初頭にイタリア工業デザインの象徴であったオリベッティが、(資本こそ国内にとどまっていたが)郵便局用などの凡庸な端末になっていて複雑な心境になったものだ。そうした意味で、日本の家電ブランドも、その轍(てつ)を踏んでいる。
日本の自動車メーカーも人ごとではないだろう。ヨーロッパ(EU、英国、EFTA)の2022年のグループ別販売台数において、トヨタはフォルクスワーゲン、ステランティス、ルノー、ヒョンデ、BMWに次ぐ6位となったものの、日産は10位、マツダは11位、ホンダは13位、三菱は14位と振るわない。ブランド別台数において2021年比で増加を記録したのは、トヨタだけである(レクサスは減)。
シェアもトヨタこそ6.8%を記録したが、日産2.1%、マツダ1.2%、ホンダ0.6%、三菱0.5%と存在感が薄い。
そうしたなかで日本車復興の切り札は「日産GT-R」といった高価格かつ収益率の高いモデルにシフトできるかどうかにかかっていると筆者は考える。ただし、それには周到なマーケティングが必要だ。メルセデス・ベンツが約65万台(シェア5.8%)、BMWが約64万台(5.7%)に対して、レクサスは1990年の市場投入以来33年が経過しても3万9000台(0.3%)にとどまっている(データ出典:ACEA)。インフィニティは2020年に西ヨーロッパ市場から撤退を余儀なくされている。
最後に家電へと話を戻せば、イタリア各地の中国系日用雑貨店で頻繁に見かける家電ブランドは、ずばり「SODY」である。ロゴも限りなく“本物”に近い。それを見て「日本ブランドは、まだいけるな」などとおごってはいけない。10年ほど前まであったNIKKEI、TAMASHIといった、同様の「なんちゃってメイド・イン・ジャパン」製品は、気がつけば棚からなくなっているのだ。彼らの店からSODYが消える日は、すなわち日本ブランドの神通力が消滅した日に違いない。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第940回:宮川秀之氏を悼む ―在イタリア日本人の誇るべき先達― 2025.12.11 イタリアを拠点に実業家として活躍し、かのイタルデザインの設立にも貢献した宮川秀之氏が逝去。日本とイタリアの架け橋となり、美しいイタリアンデザインを日本に広めた故人の功績を、イタリア在住の大矢アキオが懐かしい思い出とともに振り返る。
-
第939回:さりげなさすぎる「フィアット124」は偉大だった 2025.12.4 1966年から2012年までの長きにわたって生産された「フィアット124」。地味で四角いこのクルマは、いかにして世界中で親しまれる存在となったのか? イタリア在住の大矢アキオが、隠れた名車に宿る“エンジニアの良心”を語る。
-
第938回:さよなら「フォード・フォーカス」 27年の光と影 2025.11.27 「フォード・フォーカス」がついに生産終了! ベーシックカーのお手本ともいえる存在で、欧米のみならず世界中で親しまれたグローバルカーは、なぜ歴史の幕を下ろすこととなったのか。欧州在住の大矢アキオが、自動車を取り巻く潮流の変化を語る。
-
第937回:フィレンツェでいきなり中国ショー? 堂々6ブランドの販売店出現 2025.11.20 イタリア・フィレンツェに中国系自動車ブランドの巨大総合ショールームが出現! かの地で勢いを増す中国車の実情と、今日の地位を築くのに至った経緯、そして日本メーカーの生き残りのヒントを、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが語る。
-
第936回:イタリアらしさの復興なるか アルファ・ロメオとマセラティの挑戦 2025.11.13 アルファ・ロメオとマセラティが、オーダーメイドサービスやヘリテージ事業などで協業すると発表! 説明会で語られた新プロジェクトの狙いとは? 歴史ある2ブランドが意図する“イタリアらしさの復興”を、イタリア在住の大矢アキオが解説する。
-
NEW
ホンダ・プレリュード(前編)
2025.12.14思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が新型「ホンダ・プレリュード」に試乗。ホンダ党にとっては待ち望んだビッグネームの復活であり、長い休眠期間を経て最新のテクノロジーを満載したスポーツクーペへと進化している。山野のジャッジやいかに!? -
アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター(FR/8AT)【試乗記】
2025.12.13試乗記「アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター」はマイナーチェンジで4リッターV8エンジンのパワーとトルクが大幅に引き上げられた。これをリア2輪で操るある種の危うさこそが、人々を引き付けてやまないのだろう。初冬のワインディングロードでの印象を報告する。 -
BMW iX3 50 xDrive Mスポーツ(4WD)【海外試乗記】
2025.12.12試乗記「ノイエクラッセ」とはBMWの変革を示す旗印である。その第1弾である新型「iX3」からは、内外装の新しさとともに、乗り味やドライバビリティーさえも刷新しようとしていることが伝わってくる。スペインでドライブした第一報をお届けする。 -
高齢者だって運転を続けたい! ボルボが語る「ヘルシーなモービルライフ」のすゝめ
2025.12.12デイリーコラム日本でもスウェーデンでも大きな問題となって久しい、シニアドライバーによる交通事故。高齢者の移動の権利を守り、誰もが安心して過ごせる交通社会を実現するにはどうすればよいのか? 長年、ボルボで安全技術の開発に携わってきた第一人者が語る。 -
第940回:宮川秀之氏を悼む ―在イタリア日本人の誇るべき先達―
2025.12.11マッキナ あらモーダ!イタリアを拠点に実業家として活躍し、かのイタルデザインの設立にも貢献した宮川秀之氏が逝去。日本とイタリアの架け橋となり、美しいイタリアンデザインを日本に広めた故人の功績を、イタリア在住の大矢アキオが懐かしい思い出とともに振り返る。 -
走るほどにCO2を減らす? マツダが発表した「モバイルカーボンキャプチャー」の可能性を探る
2025.12.11デイリーコラムマツダがジャパンモビリティショー2025で発表した「モバイルカーボンキャプチャー」は、走るほどにCO2を減らすという車両搭載用のCO2回収装置だ。この装置の仕組みと、低炭素社会の実現に向けたマツダの取り組みに迫る。




















