クルマとカラダが触れ合うところ “シート地”がスゴいことになっている!
2023.04.10 デイリーコラムビーエムのシート地で「アルト」が買える!?
先日、BMWの新型車である「i7」に乗って驚いた。なんと、シートの表皮はレザーではなく布だったのだ(正確に言えば一部にはレザーを使っているが)。
i7といえば「7シリーズ」のBEVモデルであり、つまりはBMWの頂点に立つセダン。そんなトップ・オブ・トップのインテリアが、高級の象徴ともいえる革シートではなく織物のシートを選択していたのだからビックリだ。高級感の演出といえば、本革ではなかったのか?
とはいえ、このi7のシートに張られていたのが単なる布かといえばそうじゃない。「BMWインディビジュアル フルレザーメリノ&カシミアウールコンビネーション」という舌をかみそうな名前の特別なオプションで、ヘッドレストや背もたれ上部は「メリノレザー」と呼ぶ本革を張っている。BMWによるとメリノレザーとは「南ドイツの高地で育てられた最上級の牛革を丹念になめした、希少性の高い革」とのことで、とにかくしなやかで柔らかいのが特徴だ。確かに肌触りはよかった。
注目すべきは背もたれ中央から下の表皮。カシミアとウールが使われているのである。ウールは一般的には羊毛(羊、アルパカ、アンゴラなどを含めることもある)やそれを使った毛織物で、カシミアとはインド北部カシミール地方原産のカシミアヤギから採れる産毛を使って織ったもののことだ。
i7におけるそのシートのオプション価格はなんと132万1000円也。つまり、シート表皮代だけで日本が誇るハイコスパカー「スズキ・アルト」の最上級グレードが買えてしまうではないか……。
そういわれてみると、確かにカシミアウールの柔らかさというか座り心地は絶品(きっと気のせいではない……はず)。高級な雰囲気は本革のほうがあるように思えなくもないが、快適性はカシミアウールも悪くないかも。というか、当たりが柔らかくて体を優しく包む感じは間違いなくレザーよりもカシミアウールが上。確かに心地いい素材である。
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今後はウールシートに注目
何を隠そう、1900年代前半は「革よりも布シートのほうが格上」だったのだとか。1910~1930年頃の高級車は、運転手が座る前席は本革で主(あるじ)が座る後席は布というクルマも多くあった。その理由は、耐久性を考えると本革がいいけれど、革は硬いし、夏は熱くて冬は冷たくなる。つまり快適じゃない。それよりも座るだけであれば柔らかくて肌触りもいい布のほうが快適でベストというわけだ。革は実用性からの選択だったのである。
1900年代後半に入ると柔らかく処理された革も登場して革と布の立場が徐々に変わってきた。しかし、1970年代の国産車でもベーシックグレードは合成皮革で上級グレードが布というクルマもまだ多かった。快適性を最重視したクルマとして日本の頂点に立つ「トヨタ・センチュリー」では今でも、ウールファブリック仕様が定番となっている(本革仕様も有償オプションとして選択可能)。
また、昨今は別の視点からも脱本革という側面もある。その代表例がボルボに設定されている「テイラードウールブレンド」。ウール素材を使った布シートで、レザーと並ぶぜいたくなシートマテリアルとして設定されている。
ボルボが設定する理由は、昨今の動物愛護へ向かう社会環境の変化から「本革」を使わない「レザーフリー」が求められていることへの対応だ。ボルボは社会の風に敏感に反応するブランド。本革ではないけれど、触感も風合いも本革に近いステアリングホイールを設定するなど時代をリードしている。そんなボルボが本革に代わる上級な素材として、ウールに着目しているのである。そんな流れは、今後はますます拡大するに違いない。
ただ、クルマ用のシートで言えば、毛皮などと違って「革を得るために命を奪われる動物」というのは基本的におらず、シートなどに使われる本革は原則として、食肉などを得た後の副産物ということになっている。日本においてかつてクジラは「肉を得るためだけでなく、油や革、骨、さらにはひげで生活用品を作るなど余すことなく利用。それが命を頂くことへの感謝だった」というが、その考えで言えば動物の革をただただ捨てずに使うことにも意味があるような気がする。だから単純に本革を非難することが正しいかといえば、そうは思えない。
高機能な合皮もあなどれない
いっぽうで昨今のクルマの内装は、機能性を求めて「あえて革以外の素材を使う」ってこともある。代表例はなんといっても「ウルトラスエード」や「アルカンターラ」だ。ラグジュアリーなスポーツカーの定番アイテムである。
それらは本革である“スエード”の代用品として使われるもので、上質なスエードよりもコストが安い(とはいえベーシックな革よりは高い)のだが、風合いでスエードに見劣りすることはないうえに、手入れが楽で耐久性も高いから自動車の内装素材として適している。だから好んで使われるというわけ。極めて理にかなっている。ちなみにウルトラスエード(日本製)もアルカンターラ(イタリア製)もルーツは同じもので、繊維メーカーの東レが関連するブランドだ。
また、格下に見られがちな合成皮革のシートも最近では機能性を求めて、あえて採用することもある。
例えば日産が「エクストレイル」に採用している合成皮革の「セルクロス」は、単に防水というだけでなく快適性にも配慮。水は通さないけれど湿気は通すから、ぬれたまま乗車しても蒸れにくく快適性を高めてくれるのだ。
先代「アウトランダーPHEV」には昇降温度抑制機能を備えた合成表皮、つまり “夏は熱くて冬は冷たい”という本革の弱点のひとつを解消する表皮が使われていた。三菱は「エアコンの負担を減らして航続距離を延ばせる」といい、これも機能性に着目した表皮といえる。
というわけで、シート表皮にもいろいろあって、単に本革だから高級というのはもはや過去の話といっていいかも。しかし本革だと高級に感じるのも事実だし、いっぽうでアルカンターラなら本物の革以上に風合いがいいうえに機能性も高い。実に奥が深い世界なのだ。
それにしても、i7の130万円のウール&カシミアの衝撃といったらハンパない。初めて価格表で見たときに価格のケタを間違えているんじゃないかと疑ったのは、ここだけの話にしておこう。
(文=工藤貴宏/写真=BMW、トヨタ自動車、ボルボ・カーズ、日産自動車、webCG/編集=関 顕也)

工藤 貴宏
物心ついた頃からクルマ好きとなり、小学生の頃には自動車雑誌を読み始め、大学在学中に自動車雑誌編集部でアルバイトを開始。その後、バイト先の編集部に就職したのち編集プロダクションを経て、気が付けばフリーランスの自動車ライターに。別の言い方をすればプロのクルマ好きってとこでしょうか。現在の所有車両は「スズキ・ソリオ」「マツダCX-60」、そして「ホンダS660」。実用車からスポーツカーまで幅広く大好きです。
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